kayagreenの経営者ですが、仕事ばっかりはしていられませんね。
実は歌うたい、文章書きでもあります。
15歳で初めてアコースティックギターを手にし、作詞、作曲、弾き語りを始める。
その後、レゲエバンド400yearsを立ち上げ神戸を拠点に活動。
同時にベーシストとしてブルース、R&B、ハードロックなどの数々のバンドを経験。
21歳の時、神戸のジーベックホールで行われたアマチュアバンドコンクールでベストベーシスト賞を受賞。
ジャズの歌唱に興味を抱き、ジャズボーカリスト大森浩子に2年間師事。
2008年に「日本語の歌が歌いたい」という理由で、 ふうよう という名でソロ活動開始、小説も執筆。
関西を拠点に活動中。

桜童子 第23話


陸奥の鬼の物語

あたしは森の懐で廃屋を見つけた。
屋根の茅葺きは傷んでいたが、柱も床もしっかりしていた。土壁は崩れているところもあったが、竹もあるし、土もある。

 あたしは家の修理の前に地主神に祈りを捧げ、しばらくここに住まうことを告げる。
 耳をすませて土の音を聴く。地下を行き来する龍の気配を感じる。この敷地で水が悪さをしないことを確かめる。

   獣の身体のいいところは匂いや音が人の身体の多分、数万倍も鋭くなるところだ。
 そうして住処を修理し、人のように暮らし始めた。





 あたしは、獣の肉もほとんど食べなくなって、木の実や虫を時々食べる。
でも大抵は水を飲み、葉や草を食んでいると腹もそんなに減らなくなった。

 人の中で暮らしていると、人の感覚が身について、己の業の深さに傷つき、人を食うたび自分を責めた。
 人になりたいと願い、あたしは自分を哀れんでいた。
 自分を哀れと思いはするが、なれないものになろうとする思いは、自分で自分をいじめているのと変わらない。その思いを置いてやっと、あたしは本当の自分に思いを巡らせる。

 鬼の姿に戻ってみると、人の姿でいる意味もなくなり、何のための人食いかと、思いに至るようになる。


 自分が鬼だということが受け入れられないという思い。
 人のような容姿を得たいという思い。
 人の世界で暮らしたいという思い。どれも当たり前の願いだろうと思う。

 なぜ、そう願うのか。

 人として生きたかったから。
 人として見られたかったから。
 人としての幸せを求めていたから。

 あたしはそういう思いを、一旦そっと置いたのだ。

 あたしは静かに山の草庵に暮らす。



 肉の食欲はどんどんと薄れ、おりょうがつくった味噌汁などを食いたいと思う。

 代わりに湯を沸かし、杉の葉などを入れて飲んでみる。
 炭をおこし、囲炉裏で沸かした枇杷の茶なども時々飲んだし、いろいろな草や葉を茶にして飲んでみた。

 吹雪の夜も、囲炉裏にあたり、炭がおこるのを眺めては、この陸奥に思いを馳せた。

   山はまだこれからどんどん雪が深くなる。煮炊き用の薪を作ったり、家の周りの雪かきをしたりで、山の暮らしは用事があるといえばいくらでもある。

 陸奥は日本海からの風で運ばれた雪雲に覆われて、大抵は太陽が見えないが、たまに晴れた日には、大気の中にキラキラと氷の結晶が舞うこともある。 
 樹氷が日に照らされて氷の花を咲かせることもある。白銀の世界に日が入ると、灰色の世界が、光の世界へと趣を変え、同じ場所とは思えない景色を浮かび上がらせる。
 日は色を世界に注ぐ。

 人は太陽に神を見るが、それはあたしも同じだ。この世界に息吹を吹き込むのは日の加護のおかげだ。
 星が命を育む時、日がその星に熱と光と色をもたらして、星の全ての命を育む。赤子の命を育み、鬼の命も育む。

   日は、罪の有無によらず、心根の善悪によらず、その全ての命の営みを加護している。


 あたしは晴れた日、太陽に照らされているだけで、その加護と暖かさに抱かれ、生かされている自分に気づく。

   雪深い冬山にいると、晴れた日のその静かな一時が、あたしの心を洗う。
 あたしは心に色を得て、果てしなく続くであろう自分の命に、一抹の希望を見つけることができる。

 人の世界では、あたしは自分を殺して生き、追われ、斬られ、殺されるが、人と離れた世界では、あたしは異質な生き物ではなく、日の加護も受けられる真っ当な生き物だと思えてくる。
 裂けた口も、全身の毛も、真っ当な生き物のそれのように思える。

 あたしはこの冬山で、風の音を聴き、水の調べを聴き、氷の美しさを愛でながら、深く自分の世界に没頭していく。

 あたしは、あたしの世界の話を佐吉に話して聞かせたいと心底思う。
 唯一心を締め付けるのは、自分の心の内を誰かに話したいという思い。話せないという思い。
 どこにも行けない感情が、深くあたしを締め付ける。

   それでもあたしは、もう獣のように生きたいとは思わない。里に住み、人の暮らしができなくてもいい。獣の様相でも、人のように生きられればいい。
 異質な生き物ではなく、鬼という真っ当な生き物として生きたいと思う。

 人と関わらず、この陸奥の山の懐で、自分の時を刻みたいと思う。

 日に照らされて、心に色を染めたいと願う。






四月馬鹿


夏色


桜童子 第22話




鬼のあおいの物語

 あたしは、珍しく雪に包まれた東京を後にして、午後の早い時間に新神戸駅に着いた。

 神戸の街は、六甲山という霊場を背に、大阪湾に開けている。淡路島を西に見て、紀伊の山々を東南に見る。
 西の吉野川と東の吉野川が合流し、さらに瀬戸内の大河がそれに合流し、空に向かって大きな渦龍を巻き上げる。

 それがサインだ。




 瀬戸内の深い渓谷は四国の山々に気を送り、遍路の道を紡いでいく。
 遍路の道は、四つの国を巡る道。土の佐、愛の媛、香の川、徳の島。

 琵琶の湖の巨大な流れは大阪湾にそそがれて、それを囲むように紀伊の山々が渦を巻く。
 山の渦は、大台ケ原山から釈迦ヶ岳、淡路の山脈から六甲山へと至り、京都の西を抜けて琵琶湖をぐるりと周り、伊吹山、御在所山から名張を経て金剛山へと巡り、紀伊の山々に戻ってくる。一連の大水を巡る山の渦。




     紀伊の山に降りた龍は、熊野の道を育んで。那智の海辺に女を育む。那智の海辺に育った女は、龍を抱えて随分と気が荒い。龍憑きの女だ。




 龍に憑かれた人間は、人の目はごまかせても、鬼の目はごまかせない。あたしは龍憑きの人間を過去に何人か見て知っている。

 龍は愚かで気が荒い。それゆえ、龍に憑かれた人間は気が強く、攻撃的でわがままでもある。念いが強く、信念も強い。性分は獣のようでもある。我が強く、主張がはっきりしている。行動力はあるが協調性に欠ける。当たり前だが、万人に好まれるタイプではない。

 ただ役割があるだけなのだ。

 彼らは取り憑かれたように龍の仕事をする。水を巡らすことをする。
 役割に酔いしれて、我を忘れる。

 人の身体の水の巡りも、龍憑きの仕事だ。

 龍は水の化身。人の身体の水にとり憑く。

 人に憑く龍は水龍だ。流れそのものの龍とも言える。あちらとこちらを結ぶ龍だ。
 あちらとこちらの通り道、井戸のある土地から地の道を伝って、血の道へ入る。
 龍に憑かれた人間は、我に目覚める時が来れば、自分の道を生きはじめる。決断し、選び、行動する。佐吉もそんなタイプの人だった。
 鬼に似ていなくもない。


 龍は神だが、人の見方ではない。龍は破壊する。人も街も破壊する。

 龍は星の守り神。星を守る人を守護する。
 守護を受けた人間は、役目を果たすまでは死ななくなる。緩やかに老い、逆境を乗り越える力を得る。
 ただその力を、気を、何に向けるかは人の側の「性分」による。

 龍憑きは、役割の自覚のないまま行動する時もある。龍に突き動かされるのだ。「破壊」のみに走る場合もある。龍がどこかで蛇に転じたか、人が龍を蛇に変えたか。

   しかしどこかで自覚が生まれれば、自分の役割に気づいていく。
 今この時代、龍に憑かれた人間は、少しづつ自我に目覚め始めている。数はまだ少ない。今はまだ、無関心な人間の方が多いのだ。
 しかし確実に、意識の進化を始めた人間もいる。自我に目覚め始めたのだ。

 自我に目覚め始めたのは、龍憑きだけではない、五大(地、水、火、風、空)の理を扱う人間や、空と繋がる人間もまた、目覚め始めている。

 彼らは彼らなりに、何かの役割を果たしているのだ。人間の共同体としての運命も変える役割があるかもしれない。

 龍を怒らせないように生きる術を見つけるかもしれない。

 人間とは不思議な生き物だ。善のようでもあり、悪のようでもある。














       あたしは改札を抜けて、街へ出る。

 あたしの精神は、白い靄のような狂気に包まれていく。空腹は抗い難い欲望だ。本能なのだ。

 あたしの気は、正常に狂い始める。

A story of Aoi's Aoi

I arrived at Shin Kobe station early in the afternoon, after leaving Tokyo unusually wrapped in snow.

The city of Kobe is opening in Osaka bay, with the back of the Rokko mountain back. Looking at Awajishima west, I see the mountains of Kii in the southeast.
The Yoshino river in the west and the Yoshino river in the east merge, and the great river in Setouchi merges with it and winds up a large swirl dragon towards the sky.

That is the sign.




The deep valley in Setouchi sends air to the mountains of Shikoku and weaves the path of the pilgrimage.
The way of the pilgrimage is the way around the four countries. Sat of the earth, Ehime of love, River of incense,
Island of virtue.

The huge flow of biwa's lake is aroused by Osaka bay, and the mountains of Kii winding like a circle surrounding it.
The vortex of the mountain ranged from Odaikehara mountain to Buddha mountain range, from the mountain range of Awaji to Rokko Mountain, around the Lake Biwa through the west of Kyoto, from Ibukiyama to Mt.
Geumgang through Mt. Nagari from Kochiyama, Kii It comes back to the mountains of. A mountain vortex over a series of large water.





The dragon who went down to the mountain of Kii fosters the way of Kumano. Foster a woman at the seaside of Nachi. A woman who grew up on the beach at Nachi is quite rough with a dragon. It is a girl with a dragon pet.




Even though the human being possessed by the dragon lets the eyes of people to be caught, the eye of the demon can not be cheated. I know some of the dragon-possessed people in the past.

The dragon is stupid and mindless.
Therefore, the man possessed by the dragon is strong, aggressive and selfish.
Just to be strong, belief is strong. Sex is also like a beast. My strong, the assertiveness is clear. I have action but lack coordination. Naturally, it is not a type preferred by all.

It's just a role.

They work as dragons as possessed. I will go through the water.

Get drunk by the role and forget me.

The water circulation of the human body is also a work of a dragon pet.

The dragon is the incarnation of water.
Hold on the water of a person's body.

A dragon possessed by a person is a water dragon. It can also be said to be the dragon of the flow itself. It's a dragon that connects here and there.
Take the road and the way here, along the way of the ground from the land with the well, enter the path of the blood.
A human being possessed by a dragon starts to live his way if the time to wake up to me comes. Decide, choose, act.
Sakichi was such a type of person.
It does not have to resemble a demon.


A dragon is a god, but it is not a viewpoint of others. The dragon will be destroyed. People and the city are destroyed.

Dragon is a guardian of the stars. Protect the guardian of the stars.
A guardian will not die until it fulfills its role. Gradually aging, get the strength to overcome adversity.
But it depends on the "sex" on the side of the person, what to turn the mind, care, and what.

Dragon possession sometimes acts without role awareness. It is moved by a dragon. It may run only to "destruction". Was the dragon turned into a snake somewhere, or changed the dragon to a snake?

However, if awareness is born somewhere, I will be aware of my role.
In this era, the human being possessed by the dragon is starting to awaken to little ego. The number is still small. There are still many indifferent people now.
But certainly, some people began to evolve consciousness. It began to awake to the ego.

Beginning to wake up to the ego is not only the dragon possession, human beings dealing with the principles of the Great Five (land, water, fire, wind, sky), and human beings connected with the sky are also beginning to wake up.

They play a role of something as they do. It may have a role to change fate as a human community.

I might find a way to live not to offend the dragon.

A human being is a mysterious creature. It seems good and also evil.

パクちゃんのブルース


電話をするよ


季節の窓で


桜童子 第21話



陸奥の鬼の物語

 あたしはもはや人ではない。
 全身には冬毛がびっしりと生え、爪は鋭く尖り、口は耳のあたりまで裂けた。
あたしの真っ白な冬毛は泥を吸い、雪に洗われてその白さを増してゆく。 
 冬山と同化したあたしの身体は、あたしの意識も冬山に導く。身体と意識が同化する。あたしは冬山そのものになっていく。

 沢の流れが身体を巡る。木々の木霊が鳴り響く。山の呼吸があたしの呼吸と同化する。あたしの呼吸は、あたしの魂の呼吸。山の魂の呼吸。
 あたしは一呼吸ごとに、山の魂と同化してゆく。

   あたしは冬山と同化して、その自然の調律を知る。その調べを歌うように、あたしは毎日の仕事を淡々とこなす。毎日、日、一日を、その調べが示すように生きる。

 朝起きて、山との同化の祈りを捧げ、沢や谷の調律をする。
 森は自分で調律もするが、それは森が人間に荒らされる前の話だ。人間は森の木を切り、道をつくり、田畑を広げ、川を治水する。
 人間はそうやって森の調律を狂わせる。この陸奥の山々も、里で狂わせた人間の調律に、自然の治癒力を奪われていく。
 あたしはその狂った森の調律を、一つ一つ治していく。岩を動かし、枝を折り、森の呼吸と風の調べを聴く。
谷の深い呼吸を聴いて、夕なの時に祈りを捧げ、暗闇と共に深い眠りに落ちていく。神経の根を森に広げて、あたしは陸奥の山々と同化する。




 あたしの暮らしは人らしくもある。修繕した家はこじんまりとし、囲炉裏にも火が入る。すすきで葺いた草屋根も、泥で塗った土壁も、あたしらしくて気に入っている。
 人の暮らしで覚えた術は、あたしに人らしく生きることを教えてくれる。
人の心を保つ術は、日々の生活の中にあるのだと知る。家を直し、物を手入れし、食べ物に、生かしてもらえることを感謝する。

 人のように生きることを、あたしは佐吉に教わったのだ。毎日を丁寧に生き、物に宿った神様を、自分ごとのように大切にし、人に慈愛を向ける人であった。こんなあたしにも愛情を与えてくれ、守ってくれていた。
 あたしは、佐吉の残してくれた愛情に、今も守られている。暖かな思い出が、今もあたしの心を暖めてくれる。
凍てつく吹雪の日がいくら続いても、この暖かさはたぶんずっと、あたしの中であたしを暖め続けてくれるだろう。
 あたしも、佐吉の魂を暖めてあげたいと思う。佐吉の魂を守りたいと思う。
祈りにも似たこの思いは、空に溶けていった佐吉の魂を暖めているだろうか。 
 あたしは空に向かい、佐吉の魂に向かい祈りを捧げる。どうか安らかで、健やかであってほしい。あたしは空に気を向ける。どうか受け取ってほしいと願いを込める。

 あたしはそうやって、あたしの調べを奏でていく。あたしの調べは森の調べと調和して、星の調べの音となる。星の調べは空の調べと調和して、思いや願いを空に巡らす。願いは一筋の龍となって、大空に昇っていく。そして、あたしは思いが届くのを知る。願いが叶うのを知る。
佐吉の願いも、叶うことを知る。佐吉の魂が救われるのを知る。
 思いは巡って、あたしの元に帰ってくる。

 思いは巡って、佐吉の魂を、あたしはずっと暖め続けると知る。

 それは確かに、鬼の心に宿った愛なのだ。

 あたしは狂った獣だが、あたしの心にも愛が宿ることを知る。

桜坂


2月というだけの夜 


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