kayagreenの経営者ですが、仕事ばっかりはしていられませんね。
実は歌うたい、文章書きでもあります。
15歳で初めてアコースティックギターを手にし、作詞、作曲、弾き語りを始める。
その後、レゲエバンド400yearsを立ち上げ神戸を拠点に活動。
同時にベーシストとしてブルース、R&B、ハードロックなどの数々のバンドを経験。
21歳の時、神戸のジーベックホールで行われたアマチュアバンドコンクールでベストベーシスト賞を受賞。
ジャズの歌唱に興味を抱き、ジャズボーカリスト大森浩子に2年間師事。
2008年に「日本語の歌が歌いたい」という理由で、 ふうよう という名でソロ活動開始、小説も執筆。
関西を拠点に活動中。

小説 青い夢を見た時に6(母親の物語、空き地)

食事を終えて、「少し遅くなる」と連絡を入れておいた職場に向かう。

今日はどうしても琳太郎と一緒に食事がしたかった。
今日は琳太郎の誕生日だ。
仕事は水商売なので、時間は少しくらい融通が利く。
別の若い子に穴埋めをしてもらえばいい。
琳太郎が風邪で高熱を出した時なんかにも、よく交代してもらったりしていた。
自分が居なければどうしようもないという仕事ではなかった。
代わりはいくらでもいるのだ。切り詰めた生活の中で、少しでも稼ぎが多い方が良かったが、仕事柄、琳太郎と一緒に食事をするという環境が今まで少なすぎた。
あの子が小学校の三年生になった夏くらいから、一緒に食事をした事は、振り返っても思い出せないくらいだ。

 琳太郎に仕事に行って来る、と声をかけて家を出た。
歩きなれた道を駅まで歩く途中、足を止め大きなマンションの敷地にあるベンチに腰をおろした。

空には星が光っていた。奇麗な空だった。

 ケーキの箱を開ける時、息子よりもはしゃいでしまった自分が少し恥ずかしく、でも少し嬉しかった。
 空を見ていると仕事なんてどうでも良くなってきて、店に連絡して今日は休む旨を伝えると、アパートに向かって引き返した。

 部屋の明かりは点いていた。ドアを開けると琳太郎は居なかった。ケーキの食べ残しが、まだテーブルの上にあった。
 ハンドバックを置き、上着を脱いで、化粧台の前に座る。ふっと、ため息をついて鏡に映った自分の顔を見る。
 シャツのボタンを上から順にはずした。
 下着を取り、鏡に自分の胸を映してみる。

 息子が眠った後、時々そうやって化粧台の前で胸を開けてみる。乳癌で、両方の乳房を失った自分の胸は、まるで火を付けて燃えてしまったロウソクのように見える。
何度見ても乳房が戻って来る訳ではないのに、気が付くと鏡の前に居る。
琳太郎が生まれてすぐに胸に痼りが見つかり、片方の乳房を失い、半年後にもう片方の乳房を失った。
 乳房を失った・・・。

 失ったというより穴が空いた、という表現の方が近いような気がする。
 身体にも、心にも、がらんとした空き地が出来、その空き地を鏡の前でじっと見つめている。

 つづく

小説 青い夢を見た時に5(リンの物語、白いラインとバースデーケーキ)

白いラインがぐるりと校庭を一周して、また足下に戻って来る。
永遠に終わらない白い線。
何本かが交わり、何本かが離れ、何本かが交差する。
一人で、校庭に引かれた石灰の白いラインの上をぐるぐると意味も無く、ただラインから外れないように気をつけながら歩いている。
白いラインが闇の中に吸い込まれるまで、ラインの上を歩く事に没頭してしまい、足が痛くなってその場に座り込む。

 闇の中に消えて行く白いラインは、校庭を抜けて何処か知らない世界に連れて行ってくれる、そんな気がして、ぼんやりと消えてゆく白いラインを見つめた。

夏の夜風がリンの周りを吹き抜ける。新しい風だった。甘く湿っぽい匂いがした。
 蛍光灯がリンの影を揺らす。
頭の上を飛んでいた蛾が、突然空中で止まり、ばたばたと暴れだした。
蜘蛛がさっと寄って来て暴れる蛾を糸でぐるぐると巻きはじめる。
蛾はやがて動けなくなり、小さな銀の玉になる。
銀の玉は光に透かして見ると中の蛾だけが黒い影になり、まるでオーラをまとった蛾が空中に浮いているように見える。
虹色の無数の光の線が丸く蛾を包み、蛾はそのオーラを手に入れて、はじめて最後の変体を終えたもののように見えた。

 日が沈んだ校庭はしんとしていて、昼間、生徒たちが付けた足跡だけが、賑やかそうにばらまかれている。
この時間の校庭が好きだった。空気が昼間から夜の匂いに変わり、新しい一日が始まるような感じがした。

 雲の間から星が光っていた。

職員室の蛍光灯が、四角く地面を照らして、チラチラと小さい水溜まりのように揺れている。


 家に帰るといつもは居ないはずの母親がいた。「お帰り」と嬉しそうに出迎えた。
母親は少し恥ずかしそうに見えた。
いつも、夕方から仕事に出て行く母親は、朝、学校に行くときはまだ眠っていて、散らかった化粧台の上の薬臭い匂いが部屋に残っている。
その匂いは一日の終わりのような匂いがした。

 化粧気の無い母親の顔が嬉しかった。
「あんたの名前、なんて読むんですかって、お店のおにいさんに何度も訊かれたのよ」
少しはしゃぎながらケーキの箱を開けた。
四角いチョコレートの板に『琳太郎 お誕生日おめでとう』と白い字で書いてあった。小振りの丸いケーキに母親がロウソクを並べて火を付け、部屋の明かりを消した。
ロウソクの光は、小さなテーブルの上と母親だけを照らし出して、いつもあまり話をしない目の前の女の人が、それでも自分の母親なんだ、と、小さな火に二人で向かい合っているだけで、柔らかい優しさに包まれた。

 アパートの窓からネオンの光が漏れている。音はその方向から聞こえて来る。
 その方向から、音は聞こえた。

 つづく

小説 青い夢を見た時に4 あおいの物語(ライブハウス)

暗闇はバカみたいに辺りを支配して星が心の底まで凍りつかせるような光を地面にまき散らし、まともに目を開けていられないような夜に、水銀灯やネオンの光に中和されて、なんとか皮膚をそんな星の光に焦がされないで、まるで地雷を避けるかのように人工的な光の中だけを飛び回る虫のように、雑居ビルの壁紙さえ無い壁や、テーブルの上のグラスを音の圧力で震わせるためだけに集まり、この一瞬のためなら鼓膜が破れてもいいと思っている奴らの前で、あおいは歌っていた。
 歌っても、ここにいる誰に聴かせる訳でもない。歌詞には意味があり、メロディーになるが、それを表現する自分が、その言葉に感情を込める事をしない。他人の言葉だからではなく、表現する自分に言葉が無い。
 ただ、音と遊んでいるだけだ。
 自分の声が増幅されて、大音量となってまた自分の中に戻って来る。その事がただ気持ちいい。
 攻撃的なきつい香水の香りがする。攻撃的な空気。自分の声が誘い出す怒りの感情。このフロアからこの街全体に広がって行きそうな空気。自分の声はどこまで増幅されていくんだろう。防音の鉄扉の向こう側、雑居ビルの階段、水銀灯の照らし出す通りのアスファルトを震わせて、街の白々とした人工的な光に感電し、空気の中を無限に広がって行くとしたら、自分もまた、今以上に言葉を無くして行くだろうか。
 何故、怒りは私を放っておいてはくれないのだろうか。私はニュートラルだ。怒りでも、憂いでもない。ブルースを歌う時でさえ、言葉はただの音の信号だ。それでも、発した言葉は感情としてこのフロアに広がってゆく。
 手首に何重にも巻いたシルバーの細い鎖を見る。照明に照らされて奇麗に光っている。その輝きの中に何も無いニュートラルな自分がいる。少し嬉しくなる。このフロアの中で何にも共鳴しないこの奇麗な光は感情とは無関係のまっ新な光だ。
 店の入り口の重い防音扉が開き、小学生くらいの細い指の男の子が入って来る。このフロアの空気の中で、男の子は水銀灯に寄って来た一匹の白い蝶のように見えた。
 照明が暑くて、水を一口飲んだら煙草が吸いたくなって、目の前の女の子にメンソールをもらい、火を付けてもらった。
 蝶は、テーブルの間をひらひらと舞い、あおいの持っていたマイクに止まった。

 つづく

詩 しらゆりの女王

詩 ふうよう

あなたが居るところ 花は深く根を張り 空は高く
あなたが居るところ 絶望の家は無く 迷う子らもなく
嵐は吹荒れど 風は色を増し 花は光を増す
空の輝きをその冠に集めて
飾り気のない指が 子供らに触れたなら
疲れて飛べない手足も 自由の草原に躍り出る

朝が夜になり 夜があの夏になっても
光さえその冠を去り 空に見捨てられたとしても
あなたの足跡から また明日は生まれ来る

奇跡の毎日を歩み行く子らよ その指は知っている
足元が均衝を失い 病の影に黒く塗られても
風と光を浴びたなら 暖かさと静けさを得たならば
黒い影は虹の橋となる

悪夢の入り込む余地のない 家を建てよう
知恵と力が差し込む 窓を開けよう
窓辺にはいつも私が居て 透明な空気だけが通れるように

小説 青い夢を見た時に3 リンの物語(公園、リンの中の母親と医者)

 靴と当番で持って帰って来た給食袋を家の玄関に放り込むと、台所にあったパンを道々齧りながら、いつも行く近くの公園まで歩いた。
 今にも雨が降り出しそうな夏の空が、低く地面に垂れ、空気は水溜まりのような匂いがした。
 公園は、街のほぼ中央にある大きな公園で、ちょっとした森のようだった。池が三つあって、その池と林の間を縫うようにジョギングコースがあった。
 公園の歩道を外れて林の中をずんずん奥へ入って行く。鬱蒼とした林の中は薄暗く、足下には落ち葉が厚く地面を覆っていて、ずるずると滑った。掘り返って湿った落ち葉からも水溜まりの匂いがした。
 木や草は、雨を待ってるように思えた。雨の気配を感じて、土の中でじわじわと根を延ばし、葉や幹は空気の湿り気さえも吸い取ろうとしているみたいだった。
 クモの巣があちこちに張っていて、髪の毛や、顔にまとわり付く。枯れ枝を拾ってクモの巣を払いながら奥へ進んだ。よくそうやって小さな冒険をした。
 足下に、もろもろに朽ちた木が倒れていた。動かしてみると木の下に蟻が信じられないくらいたくさんいた。
 ひとつの蟻の塊はだんだん薄く引き延ばされ、輪郭が曖昧になる。
 リンは、自分の顔や、手も、足も、薄く引き延ばされ、輪郭が曖昧になってゆく感じに取り憑かれる。
 不意に怒りが込み上げる。蟻をむちゃくちゃに踏み潰した。
 地面が掘り返って土の匂いがした。甘い匂いだった。蟻を潰すのを止めて思いきり息を吸い込むと、土の匂いと一緒に木の吐き出す濃厚な酸素の湿った匂いがして、木が味方してくれたと思ったら救われ、授業中に友だちが消しゴムを拾ってくれた事や、母親が新しい靴を買って来てくれた事を思い出す。
 気持ちが少し穏やかになる。そして、何か解らない不安がやって来る。
 林の中に吸い込まれそうな、自分が消えてしまいそうな感覚。
 この感覚は、いつも穏やかな気持ちと共にあって、『声』となって背中の方から聞こえて来る。『声』は自分の事を医者だと名乗った。『声』は周りの木々に木霊してリンを包み込む。
 木々の中に溶けて、消えてしまいそうな自分を、その『声』の膜が、リンを孤立させる。そして、その見返りに、何かをごっそりと奪い取って行かれる不安がやって来る。怒りがまた込み上げてくる。
 「お前なんかに絶対に何も奪われない!」
 怒りが、『声』を消し去った。
 母親もこんな『声』を聞くだろうか?
『声』が聞こえる時、入れ替わるようにいつも母親が意識を占領する。リンを抱こうとする母親の腕が、『声』と同じ場所から伸びて来てリンの腕や胸に触れる。自分がいつの間にか赤ん坊になっている事に気付く。母親はあやす訳でもなく、ただただリンを抱きしめる。まるで自分の魂を息子に擦り込もうとでもしているみたいに。リンもまた母親の胎内に戻ろうとするかのように目を閉じて母親の鼓動に耳を傾ける。
 そして、母の鼓動はだんだんと弱まり、やがて風の音に紛れてしまう。

 林の中を突っ切って、野外ステージの裏側に出た。コンクリートのステージは暖かく火照っていた。腹這いになって顔を付けると暖かくて気持ち良かった。
 雨がぽつぽつと降り始め、白いコンクリートに黒い染みがいくつも出来て、やがて真っ黒になった。
 雨は静かに公園に降った。
 雨を見ていると泣きたいような気持ちになる。自分の中にある、自分ではどうしようもない怒りが、少しずつほぐれて行くようで。それは雨の音のせいなのか、雨の匂いのせいなのか。泣きたいような気持ちは、何かを愛おしく思う気持ちに似ているかも知れない。静かに、穏やかに。
 蟻を潰す時のような異常な昂りと緊張は無くなった。
 雨のあたらない場所に避難して、濡れてゆく木々を見つめた。彼らは自分たちとは違うんだと思った。
 雨に濡れる木々は、訪れるものが何であっても拒否することが無いかのように、色濃く静かに、そこにあった。何かを探し求めている自分たちを底知れぬ深さで待っていてくれるように。
 やがて雨は上がり、木漏れ日が辺りを水の中のような景色に変えた。木の枝に無数に張っているクモの巣が水滴を付けてきらきら光り、森の中に無数の銀河が輝いているように見えた。

 つづく
 

小説 青い夢を見た時に2 リンの物語(公園、リンの中の母親と医者)

 学校が終わって、通いなれた道をぶらぶらと歩く。時々道端に座り込み、アスファルトの割れ目から生えている雑草を棒きれで掘り起こし、そこに居た小さな虫を捕まえて車道に投げる。
隠れ場所を求めて地面の上を這い回っていた小さな虫は、車が近付いて来ると身を固くし、車の風圧に飛ばされて何処かに消えてしまう。
 リンはその小さな虫が消えたあたりを探してみるが、アスファルトの小石ばかりで見つからなかった。小石はいろんな色に光っていた。タイヤに削られ、周りより少しへこんでいる所は艶つやとして、青黒い硝子のように見えた。
 夏の強烈な太陽がアスファルトを溶かし始めているみたいに小石のひとつひとつに柔らかな艶を与えていた。
 熱い風がリンの身体を包み込み、埃を巻き上げて通り過ぎて行く。雲が速い速度で流れ、入道雲が街を捕まえようとしていた。街はそれを押し戻そうとするかのように熱気を立ち上らせていた。ゆらゆらと街全体が揺れていた。雲はそれでもゆっくりと街を覆い、太陽を奪って行く。
 太陽の光を失ったアスファルトは、ただの灰色の固い道に変わった。足元に、さっきの小さな虫を見つけた。虫は懸命に道端の雑草の中に逃げ込もうとしていた。リンは虫を捕まえ、しばらく手の平で転がして遊んでいた。虫は身を固くしたり、逃げようとしてもがいたりしていたが、やがて全てを諦めたかのようにじっと動かなくなった。アスファルトの熱気が足の裏から這い上がって来る。大きく深呼吸して手の平の虫をふっと吹き飛ばす。虫は何処かに消え、重い湿った風がリンの背中を押した。

 つづく

小説 青い夢を見た時に1 海



 海に居る夢を見ている。夢の中で、夢の中でいつの間にか、それが夢であることを忘れてしまう。

 リンはギターを弾こうと思ったが弾けなかった。ギターのホールの中に詰めていたシャツがはみ出して弦に干渉し、爪と金属の摩れる音だけがした。
 「ああ・・・」とリンは小さな声で言い、ホールの中からずるずるとシャツを引っ張りだして砂浜の上に投げ出した。投げ出されたシャツは、砂の上で風を含んで胸のあたりが少し膨らんだ。あおいの胸だ。と、リンは思った。そっと手を延ばしてシャツの胸に触った。風を含んでいたシャツはリンの手の重みでへこみ、ザラリとした感触で下の砂を掴んだ。その感触はリンをはっとさせた。掴んだのは重い砂だった。

 風が吹いている。
 青い風が、水面にきらきらと揺れている。
 こんな夢だったんだ、と思い出す。夢の中で。
 掴んだ砂が、シャツの生地越しに、指の間からさらさらとこぼれ落ちた。

 つづく

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