趣味で歌と小説と詩を掲載させていただいてます。

桜童子 第17話



あたしは目が覚めると、うつろな目を半分開けて、布団代わりにかぶっていたコートから顔を出した。どこかのビルの屋上にいて、そのまま寝てしまったようだ。夜のうちに風もかなり吹いたし、昨夜はかなり冷え込んだ。冬将軍がいよいよやってきたな、と思った。
 もう少しぼんやりと、眠りの世界を漂うかと思ったが、街はそろそろと目覚め始めていた。
 薄くピンクに空が色づいて、雲の霞が流れては消えた。

 あたしはそんな街を、何の感情もなく見つめる。
 動き始める電車や車の群れ。人の声。様々なざわめき。

 都会に群れる鳥の羽音。地響きがする。

 振動してる。聴き取れないほどの低周波。街は徐々に色々な種類の振動に包まれていく。
 海が発砲していく。日に2回、海は発砲する。朝の日の出と真夜中に。
 あたしはその泡のはじける音が好きだ、その音は、何かの始まりを予感させる。
 街は夜明けと共に、海の発砲と共に、徐々にバカみたいな1日のスイッチを入れる。まともな神経じゃ、やってられない世界だ。

 あたしはそんな世界なんかと、絶対に混ざり合いたくない。

 あたしは、いつからかそんな感情を抱き始める。
 自分と他者とを、くっきりと区切る境界線を全身に張り巡らせていく。


 あの頃のあたしとはまた違う自分だ。










   あの頃の自分とは、人に恋をし、想いが叶い、人として生きた時代のことだ。

   あたしと、佐吉の物語だ。











     あたしは大切に育てている桜の木に新しい土をかけてやった。

 佐吉があたしの事を桜のようだと言ったから、植木屋に頼んで苗木を植えてもらったものだ。
 あたしが土をかけたのだから、この桜もしばらくは花を落とすまい。

 忙しくしているのが常の佐吉ではあったが、暇を見つけては花見にも行ったし花火にも行った。季節が変わったら変わったで祝い事も何度もした。

 佐吉との恋の話はその後も、佐吉が病で死ぬまでの三十数年続いた。


 人というのはすぐに死ぬ。


 佐吉は年を取らないあたしを不思議がったが、情がうつっている以上、責めも嘆きもしなかった。
 それよりも年がいくにつれ、美しい、美しいとあたしに幾度も言った。

 世間に、年を取らない女がひとりいても、川上屋の家のもんだから、舶来の若返りの妙薬でもあるのだろうと言って、かえって商売が繁盛したほどである。

 佐吉の晩年、その頃は着物にも南蛮品にも飽きて佐吉の側にずっといた。佐吉は年をとっても美しい人であった。老いの美しさというものを、あたしは佐吉に教わった。おりょうのように、美しいものはいつまでも美しいのだ。

 おりょうといえば、佐吉が死ぬ二十年ほど前に死んだ。
 美しい死に顔であった。あたしが唯一心を許した女だった。一抹の悲しみが胸を打った。

 自分を、人のようだと、その時思った。

 紫色に光る紫陽花が虹のように雨に濡れていた。


 おりょうの晩年に、あたしは一度だけおりょうに打ち明けようとした事がある。

 その頃はおりょうも寄る年には勝てず、ほぼ床に伏していた。
 飯の上げ下げを女中に任かせきりにするのもしのびなくて、あたしは朝な夕なにおりょうの部屋に出入りした。

 「飯を食わぬと精もつきませぬ」あたしはおりょうを抱きかかえて床に起こし、粥の椀を持たせた。

 「ちづさん、あなたよほどの善根をお持ちのようですね、年を取らぬ人など居やしませんもの」
 おりょうは枯れた指で椀を抱え込んでそう言った。

 あたしはおりょうを一噛みして死なない身体にしてやろうかとも思ったが、老体のまま永遠の時を生きるなんぞ、本望ではないだろうと思い直し、おりょうの肩にそっと羽織をかけてやった。
 その手を握り返しながら「もし、あなたが人ではないとしても、あなたの心はそこいらの人よりは人らしく私には感じます」

 あたしは無言でうなづいて、それより先には言葉もなかった。
 おりょうには、あたしが本当は人でないと、ばれていたのかも知れない。解っていながら、あたしを娘にしてくれたのかも知れない。それっきり、おりょうとはそんな会話をする事も無く、おりょうは六十二でこの世を去った。

 おりょうが居なくなって、あたしの心の寄りどこは、佐吉だけになってしまった。

 人を喰うのが業のあたしとて、もとは人の身、人の心とて持ち合わせている。
 静かな、静かな二十年が過ぎて行った。

 相変わらず江戸の街には人喰いの化け物の噂はあったが、その頃には歌舞伎小屋でも鬼の舞の物語もでき、流行り唄なんかも聞かれるようになっていた。
 二十回の桜の季節を佐吉と二人で過ごした。庭に植えた桜の苗木は、立派な若木に成長し、毎年、あふれるほどの花を咲かせた。あたしはこの桜に「佐吉桜」と名を付けた。



 そして佐吉が亡くなると、あたしは屋敷を後にして、生まれ持っての旅人のように、また国々にさ迷いでた。
 何を望むでもなく、どこへ行くでもなく。あたしは風に流されるように、諸国をめぐる季節のように国から国へと流れていった。

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