kayagreenの経営者ですが、仕事ばっかりはしていられませんね。
実は歌うたい、文章書きでもあります。
15歳で初めてアコースティックギターを手にし、作詞、作曲、弾き語りを始める。
その後、レゲエバンド400yearsを立ち上げ神戸を拠点に活動。
同時にベーシストとしてブルース、R&B、ハードロックなどの数々のバンドを経験。
21歳の時、神戸のジーベックホールで行われたアマチュアバンドコンクールでベストベーシスト賞を受賞。
ジャズの歌唱に興味を抱き、ジャズボーカリスト大森浩子に2年間師事。
2008年に「日本語の歌が歌いたい」という理由で、 ふうよう という名でソロ活動開始、小説も執筆。
関西を拠点に活動中。

淡路へ


淡路島はなんか縁があって、再生講座でも行き、龍が入った場所でもあります。
東経135度。国生みの物語の場所です。

鮎原は龍の名前が付くお寺や神社が沢山あります。
この神社も2つの流域と、お寺と神社の二箇所で龍が休む御神木があります。
その木がこのカイヅカイブキ。
ポロポロになって、この生命力。

傷んだ環境で申し訳ないです。

なぜ、淡路島に行ったかと言うと、お酒造りをするプロジェクトがあって、それに誘われて行って来ました。
流域の水脈整備と田んぼの水脈。米づくりと酒造りをシステムづくりからやってく感じのプロジェクトのようです。
淡路島の若い方々がすごく頑張っていて、酒蔵の造り酒屋さんも来られてました。
具体的な話もあり、プロジェクトは進むようです。
大地再生も淡路島ではじわじわと裾野が広がって来てる感じで、ネットワークがしっかりしてますね。
皆んな良く考えてるし、真面目です。
本気で鮎を取り戻すことを目指してますから。
彼らが決めてるなら、思いは叶うと思います。鮎原に鮎が戻れる環境にするという動きは、新しい文明が子午線から始まるということ、そのものだと思います。
龍が沢山いる淡路が環境と社会を変えるトリガーになるかも知れません。

そして、この龍を救えたら、流域や地域が救えると思います。そのための第一歩。

一旦いろんなことに区切りがついて、新しい節目に自分がいて、自分にはこの後どんな役割があるのだろう、と考えていました。淡路の龍の再生。


本当は自信ないんですが。
何も考えないで、流れに任せよう、と思います。目の前のことに丁寧に向き合う。結果はついてくる。どんまいドンマイ、と思いながら帰って来ました。

子午線にいるのは気持ちいいです。
新嘗祭で来てたのですが、集まってた方々も意識が高く、すぐに龍の話しや環境の話しが通じて、本当に変わり目だなと感じました。

自分も変わる。環境も変わる。変化と進化。
仲間に手伝ってもらって、大丈夫、きっとやる。決めた。

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