趣味で歌と小説と詩を掲載させていただいてます。

あおいの物語(新しい風)


あおいの物語(新しい風)
 新しい風が吹いたような気がして、あおいは顔を上げた。昨日とは違う風だった。風は海の方から吹いて来る。
 風に向かって歩くのがとても気持ちいい。
 公園を抜けて、海へと向かう。
星が闇を射抜くように輝いている。
星の清潔な光は、首筋や腕に静かに降る。
自分の身体が痛みを感じているのが解る。
身体が自分から引き剥がされているような痛みだ。
剥がれればいいと思った。歌うことも、誰かを愛することも、本当は自分自身から身体を引き剥がそうとしていることなのかも知れない。痛くて、悲しくて、自分を見つめずにはいられない。
 公園を離れると街の明かりが星をかき消し、痛みも消えた。ネオンの赤や黄色は想像の中の綺麗な鳥みたいだ。
街が発する様々な音は、巨大な壁となって静寂さを拒絶する。
街も、それ自体が巨大な膜を持っている。
街は怒り狂うことはあっても悲しむことは無いかのように。
 いつか自分も街の怒りに飲み込まれてしまうかも知れない。指先を見る。メタリックなマニキュアが光った。それでも、とあおいは思った。このマニキュアのように、私は自分であり続けることが出来るだろう。
この街や、自分の歌を聴きに来る者達は多分そんなことを考えもしないだろう。
 街や、そんな全部に、飲み込まれる。そんな感覚は、他の人に話しても、二秒程で別の話に取って替わられるだろう。それでも、私は感じる。見えない巨大な意思が。そして、その巨大な誘惑が。
私は、一人で立っている。道徳的な教師達から見られても、恥ずかしくないように、誰も傷つけず、私は一人で立っている。だから、星の光に痛みを感じるのだ。そして、何より怖いのは、そんな感覚を失って行く事だ。誘惑に負けてしまう事だ。
 星の光に痛みを感じる限り、歌う度に痛みを感じる限り、私は自分を見失ったりしない。身体をはぎ取られても、手足を失っても、精神は自分のものだ。精神こそ、心こそ、私自身だ。何にも、壊されない。
 リン、あなたが今持っているその壊れそうに綺麗なものを、どうかずっとずっと、持っていてほしい。私にはすぐに解ったよ。あなたが鉄扉の前に立った時。だから、あなたも一人で立てるよ。  一人で  あおいは街に挑むかのように、振り向いて街を見た。
街はもの言わず、人工的な光でぼおっと光っている。  海からの風はまだ吹いている。あおいは海に向かって、星明かりの中に駆け出して行った。

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